改革進める養父市
官民連携コンビニジム好評
─養父市は、人口約2万2000人、面積が兵庫県の約5%を占める422㎢で、その84%を山林が占める中山間地域ですね。2014年に国家戦略特区に指定されていますが、特区とはどういったものなのか、指定までの経緯や、これまでの取り組みについても教えてください。
広瀬市長(以下:広瀬)
国家戦略特区制度は、「世界で一番ビジネスがしやすい環境」の創出を目的に創設されました。特区に指定された地域では「岩盤規制」と言われる従来の規制や制度の改革を認められており、特区での取り組みが評価されれば全国で措置が推進されます。養父市においては2014年当時、人口減少や高齢化の進行による「農業の担い手不足」と「耕作放棄地の増加」が最大の課題となっていました。今でこそ全国的に農業法人が多く見られるようになりましたが、当時は農地法によって農家以外は農業に参入できませんでした。企業には資金力もありますし、ノウハウの蓄積、機器の活用など、色々な意味で農業にイノベーションを起こせるはず。そう考え、企業の農業参入や、企業と農家が連携できる仕組みの構築を目的に、特区指定への提案を行いました。指定後は中山間農業改革のほか、長時間勤務を希望するシルバー人材の雇用時間拡大や、全国に先駆けての自家用車でのライドシェア運行開始、コロナ禍前からのオンライン服薬指導など、さまざまな規制改革を推進してきました。現在はデジタルを活用した教育の規制改革や、合併や統廃合で拠点としての機能を失った学校や企業跡地を活用した「地域拠点の再構築」など、過疎化が進む地域でのモデルケースとなる持続可能なまちづくりにチャレンジしています。
「岩盤規制」改革の突破口として創設された、規制・制度の緩和や税制面の優遇を行う規制改革制度。養父市以外にも新潟市や関西圏(大阪府、兵庫県、京都府)など、全国で16区域が指定されている。
─さまざまな取り組みを進める中、養父市とRIZAPグループとのファーストコンタクトには、どのようないきさつがあったのでしょうか。
広瀬 高齢化が進む現在では、フレイル(要介護の一歩手前の状態)の予防を地域で進めていくことが重要です。養父市ではフレイル予防への取り組みの前段階として、東京都健康長寿医療センターの協力を経て基礎調査を行いました。そこで健康に長生きするためには、食、コミュニティ、運動の3要素が大切だということ、そしてフレイル予防には若い頃から肥満や健康への配慮が必要だということがわかりました。そこで19年にRIZAPグループの成果報酬型健康増進プログラムに問い合わせをしたのが始まりです。
瀬戸社長(以下:瀬戸)
当社では、養父市の健康課題でもある青壮年期の肥満者割合の増加に対し、19年から3年間トレーナーを派遣し、市民のメタボ改善に向けたプログラムを提供しました。成果を評価していただき、23年5月には若年層から壮年期を中心とする幅広い年齢層の運動実施率向上と習慣化への取り組み推進に向けた包括連携協定を締結し、その一環として同年6月に養父市のショッピングの中心地であるやぶYタウンに「官民連携コンビニジム」1号店としてchocoZAPを開設しました。同店舗はオープン1年経過後も全国屈指の坪効率を誇っており、400名以上の方に継続的にご利用いただいております。
DX・無人運営強み活かし
持続可能な健康インフラに
─官民連携コンビニジムプロジェクトの提供価値をどのようにお考えですか。
瀬戸 chocoZAPはDXを活用した無人運営のローコスト健康増進施設ですので、財務面で課題を抱える地方自治体や人口減少が進む地域においても「持続可能な健康インフラ」として役割を果たすと考えています。広瀬市長のお話を聞く中で、養父市と当社には共通の考え方があると感じました。「持っている強みやアセットを有効活用し、初期投資やランニングコストをできるだけ最小化しながら、そこから生み出される効果や生産性を最大化していく」という考え方です。養父市で言えば、耕作放棄地への農業法人参入や、元気なシルバー人材にご活躍いただくための取り組み、廃校した校舎の活用、ライドシェアなどが挙げられますよね。当社で言えば、地方における空き物件や公共物件の余剰スペースの活用や、コンビニジムの特徴である持続可能な運営体制です。スタッフ常駐施設は人件費が高額になりますので、地方では人口や税収の問題からなかなかランニングコストが賄えませんが、無人運営であればサステナブルな運営が可能です。chocoZAPでは、市民の方々の運動習慣定着、シニアの方々のご活躍と元気リーダー(※1)としての雇用創出、ライフログデータを活用した医療介護DX の実現、健康格差や地方格差の是正に取り組んでいます。
広瀬 官民連携ジムは市民の健康増進はもちろんですが、自治体にとっては企業誘致や空き店舗の活用にもなります。また人口減少が進む中で、「若者にとって魅力的なまちづくり」は非常に大切ですので、そういった点では、chocoZAPのような「都市」を象徴する施設が市内に設置されることで、町全体が活性化する点も大きな利点です。官民連携ということで、養父市としては賃料や改造費の補助、雇用に対する助成を行っています。
※1 元気リーダー:住民への健康指導やマシンメンテナンスなどを役割とする。RIZAPグループでは会員の中から適正者にプログラムの提供・フォローアップを行い、元気リーダーを育成。認定後は業務委託契約を締結し、委託費用を支払っている。
既存の枠組み取っ払い
柔軟な発想で官民連携を
─官民連携で地方創生を進める中で感じることについて聞かせてください。
広瀬 官民連携という言葉が使われ始めてから随分経ちますが、実態としてはそんなに進んでいないというのが現状だと思います。例えば行政経営をする上で行政では10億円掛かるものが、民間に依頼すると8億円で済むから官民連携を進める。これはPFI(※2)でも多く見られるのですが、行政にとって都合の良い官民連携ですよね。当然サービスの対価には民間企業の利益や経費も入っているのでそれはそれで良いのですが、私は官民連携が本当の意味で機能すれば、新しい「業」が生まれていくと考えます。例えばですが、現在は道路や橋・トンネルなどの建設や維持管理を行政が主体で行っていますが、そのマネジメントを民間と一体になって行う仕組みを作ることであったり、タクシー会社が自動車や運転手を抱えるのではなくライドシェアのドライバーとユーザーとのマッチングに専念したりなど、従来の枠組みや形を取っ払うことで、新しい「業」が誕生する。民間と行政の壁が曖昧になってきている今だからこそ、地域のサービス全てを行政が担うのではなく、民間と一緒になって曖昧さを生かした取り組みを進めていけたら良いと思います。
瀬戸 そうですね、従来の枠組みに囚われていては変化が生まれないというのは私も感じているところです。官民連携では地域の強みやアセットを活かす企業と組むことで、コストや投資を抑えながら地域の活性化を最大化することが可能だと思います。一方で、ルールに縛られてしまい、需要と供給のミスマッチが起きている事例が全国で多く見られます。例えば、全国に空き物件や空きスペースが溢れていますが、既存の仕組みやルール、慣習に縛られてしまうと、なかなか話が進みません。変わること自体が「犠牲を払う」という考え方や頭ごなしの否定になると、議論が停滞してしまいます。企業はルールが成り立った経緯を理解し尊重する。自治体は必要な変化を受け入れる柔軟性を持つ。相互に連携し、社会課題の解決に取り組んでいけたらと思います。
広瀬 行政経営する上で色々な制度や基準がありますが、実は今の制度には「やって良いこと」しか書いていません。「やって良いこと」には主観が入りますので、本当は「やってはいけないこと」だけを明確にし、あとは色々な発想の中で自由に物事を行っていく、という発想の転換が必要だと感じます。その発想を少しずつ行政に持ち寄れば、議論がダイナミックになり、侃々諤々と新しい取り組みが生まれ、世の中はもう少し飛躍的に発展するのではないでしょうか。
※2 PFI(プライベイト・ファイナンス・イニシアティブ):公共施設等の設計・建設・維持管理及び運営に、民間の資金とノウハウを活用し、公共サービスの提供を行うことで、効率的かつ効果的な公共サービスの提供を図るという考え方。
テクノロジーの活用で
持続可能な社会実現へ
─養父市とRIZAPグループには「アセットの有効活用と効果の最大化」、「新しい枠組みへの挑戦」という共通項が見えましたが、「テクノロジー重視」という点にも共通項があるようですね。
広瀬 技術革新やデジタルテクノロジーは、地方創生において無限の可能性を秘めています。技術革新により地方に住みながら都市の仕事ができるようにもなりますし、デジタルを活用することで、時空、国籍、言語、男女、年齢、障害などを超越し、対等に色々な人と話し、仕事ができるようになる。それは人口減少が進む地方において、非常に大きな意味を持ちます。また持続可能な社会の実現という意味でも技術革新は必要不可欠です。養父市では50年前に比べて農地が半減し農家も3分の1になっていますが、国土保全や食料安全保障という観点でも農業を絶やさないことが重要ですので、全自動トラクターやロボット田植え機の活用を推進しています。また環境面では、畜産廃棄物や野菜の残渣・牛の排泄物を使ったバイオガス発電による循環型モデルの創出に取り組んでいます。
瀬戸 生産性向上や省力化という意味でデジタルと地方創生は非常に相性が良いですよね。デジタルとアナログはゼロイチではなく、デジタルは人の強みを引き出してくれるツールです。当社はトレーナーが会員様に動機付けをし、トレーニングのサポートをしていく「人」主体のジムからスタートしています。人だけではサービスをお届けする範囲に物理的な制約がありましたが、オンデマンド配信や会員データベースの活用などにより、良質なサービスをより多くの方に届けることができるようになりました。地方においても情報提供や事務的な部分でデジタルの強みを活かしながら、一方で人の強みである勇気づけや繋がりも大切に維持していく。実際、chocoZAPは無人運営ではあるものの、市民の皆様のコミュニティスペースの役割も果たしています。デジタルと人とで役割分担をしながら、持続可能な社会を実現する共存の形が間違いなくあると思います。
─今後の展開に期待しています。本日はありがとうございました。
※取材日9月13日。広瀬氏は10月31日をもって、任期満了で市長退任